高まるインフレ期待、賃上げ加速(The Economist)

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インフレに関する悪いニュースが引きも切らない。主要先進国の物価上昇率は前年同月比で軒並み9%を上回っており、1980年代以降最も高い水準にある。さらに、インフレ率がエコノミストの事前予想を上回る「インフレ・サプライズ」がかつてないほど頻発している。想定を超えたインフレが経済と金融市場に衝撃をもたらしている。

対応策として、各国の中央銀行が金利を引き上げ、国債買い入れに終止符を打ち、株価が下落した。消費者信頼感指数は様々な国・地域で新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な大流行)が始まった頃よりも低くなっている。住宅建設動向や製造業生産高など経済の現状を示すあらゆる「リアルタイム」の指標は、経済が急減速していることを示唆している。

この状況で、今後の消費者物価の動向が、世界経済にとって最も重要な問題の一つとして注目されている。多くのエコノミストは前年同期比の数字は早晩沈静化すると予測する。前年に急騰した商品価格が安定し、前年同期の数値が落ち着くことがその根拠の一つとなっている。

FRBはインフレ沈静化予測

例えば、米連邦準備理事会(FRB)は最新の米インフレ予測の中で、米個人消費支出(PCE)物価指数は2022年末時点の前年同期比5.2%から23年末には2.6%に下がるとの見通しを表明している。

こうした予測を疑問視する向きがあったとしても無理はない。実際、ほとんどのエコノミストはこれほどの高インフレが到来することを予見できなかったし、物価が上昇した後も、すぐに落ち着くとの誤った予測を示した。

FRB上級顧問のジェレミー・ラッド氏が5月に発表した論文には挑発的な一節がある。「経済の仕組みに関する我々の理解、さらにはショックや政策が経済に与える影響を予測する我々の能力は、1960年代からほとんど進歩していないというのが筆者の見解だ」

指標が示す価格上昇圧力の高まり

実際、短期的に価格上昇圧力がさらに強まる可能性を示唆する経済指標もいくつかある。仏コンサルタント会社のオルタナティブ・マクロ・シグナルズは複数の言語のニュース記事を100万本単位で独自のモデルに当てはめて「ニュースインフレ圧力指数」を算出している。

価格上昇圧力に関連する単語がメディアのニュースに登場する頻度を計測したうえ、ニュースの内容から価格上昇圧力がさらに高まりつつあるかどうかを分析しており、各国の公式の物価データよりもリアルタイム性が強い。この指数は米国とユーロ圏の両方で50を大きく上回っており、価格上昇圧力が高まり続けていることを示唆している。

価格上昇圧力の他にもインフレに強い警戒感を抱く理由が3つある。賃金伸び率の加速と、消費者、並びに企業の間で、インフレ期待が高まっていることだ。この3つの点に関する数値は、先進国の物価が、コロナ以前の低位安定には当分戻りそうにないことを示している。

インフレ心理定着への「転換点」

この状態が続けば、「中銀の中銀」と呼ばれる国際決済銀行(BIS)が6月26日に公表した年次経済報告書の中で言及した「転換点」に至る可能性がある。BISはそのポイントに到達すると「インフレ心理」が広がって、「定着する」と警告した。

労働者が労使交渉で賃上げを求める姿勢を強めつつあることを示す材料は数多い。企業が賃金コストの上昇を価格に転嫁する状況になれば、インフレがさらに加速するおそれがある。

スペイン中央銀行の調査によると、インフレ率に応じて給与が自動的に変動する「物価連動条項」が団体交渉で労使合意に盛り込まれた割合は、23年に向けた交渉では約半数にのぼった。この割合は、コロナ前は20%程度にすぎなかった。

ドイツ最大の産業別労働組合、IGメタルは金属・電機業界で働く400万人近い労働者について7~8%の賃上げを要求した(最終的にはこの半分程度の賃上げで妥結する見込み)。英国では鉄道労組が7%の賃上げを求めてストに踏み切った。ただ、要求通りの成果を上げられるかは不透明だ。

こうした動きは賃金のさらなる押し上げ要因になる。G10の各国を対象とした米投資銀行ゴールドマン・サックスの賃金伸び率トラッカーはすでに垂直に近い勾配を示している。オルタナティブ・マクロ・シグナルズの価格上昇圧力指数も急上昇している。

最低賃金も上がっている。オランダ政府は最低賃金を引き上げる法案を議会に提出した。ドイツでは6月に最低賃金を約20%引き上げる法案が可決された。また、オーストラリアの労使裁定機関は22年7月からの1年間の最低賃金を5.2%引き上げることを発表した。これは昨年の倍以上の上げ幅だ。

消費者、企業がインフレを想定

賃金上昇率の加速が見込まれる理由の1つは、将来の物価に関して、消費者の間でインフレ期待が高まっていることだ。これがインフレの長期化を懸念する第2の要因だ。米国人の間では目先の物価に先高観が急速に強まっている。平均的なカナダ人は今後1年間は7%程度のインフレを覚悟しているという。これは先進国で最も高い水準だ。

物価の安定が続いてきた日本でもその見方が変わり始めている。4月の日本の消費者物価指数は前年同月比2.5%にとどまったが、日銀の調査によると、今後1年間で物価が「大幅に」上昇すると考える消費者の割合は21年調査の8%から、今年の調査では20%に急上昇した。

第3の要因は企業のインフレ期待だ。EUの3分の1の国々で小売業者のインフレ期待が過去最高となっている。イングランド銀行(英中銀)の調査では今年の秋冬の衣類品価格は前年より7~8%上昇する見通しだ。

米ダラス連銀が実施した調査では、レンタル・リース事業に従事するある回答者が「メーカーは商品価格を20~30%値上げしているが、それをすべてレンタル料金に反映させるのは難しくなっている」と苦境を訴えている。消費者が以前より値上げを容認しにくくなっている兆候といえる。しかし、これによって価格の上げ幅が若干圧縮されることがあっても、高水準のインフレであることに変わりはない。

モノの価格には反落の兆し

インフレ緩和への大きな希望が持てるのはモノの値段だ。昨年初頭からのインフレ高進は、サプライチェーン(供給網)の混乱などを背景に自動車や冷蔵庫といった消費財が急速に値上がりしたことが発端だった。だが、ここへ来てそうした物品の価格が反落する兆しがみられる。

上海からロサンゼルスまでの貨物輸送コストは3月初旬に比べ25%ほど低下した。小売業者の間では過去数カ月は、店頭の在庫を確保するために仕入れに多額の資金を投じる動きが目立ったが、現在は多くの小売業者が在庫を減らすために値下げしている。米国の自動車生産がようやく回復し始めたことで、昨年来異例の高騰を記録した中古車価格が落ち着きを取り戻す可能性もある。

理論上は、消費財が値下がりすれば先進国のインフレが沈静化し、「生活費の危機」が緩和され、中銀には政策余地が生まれ、金融市場は活性化される可能性がある。だが、多くの指標は今後も物価上昇が続く可能性を示しており、インフレ終息のシナリオが実現する可能性は極めて低い。当面はインフレが猛威を振るっても驚くことではない。

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出典:日本経済新聞

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