原油価格は今後上昇するのか、下落するのか。先行きの予想はかなり割れているようだ。結論から言えば、筆者は前者の可能性が高まっていると考えるが、まずは先日のイベントから振り返ってみよう。
■産油国は、これ以上の価格下落を望んでいない
石油輸出国機構(OPEC)とロシアなど非OPECの産油国10カ国で構成するOPECプラスは10月5日、加盟国の生産量を8月時点から日量200万バレル削減することで合意した。
今回の会合は、ウィーンにあるOPEC本部で、新型コロナの感染爆発後初めて対面で行われる格好となった。減産量の内訳は、リビアとイラン、ベネズエラを除くOPEC加盟10カ国が日量127万3000バレル、非OPEC産油国が72万7000万バレルで、11月から実施される予定だ。減産量も、2020年4月に1000万バレルを超える大幅減産に踏み切って以来の大きさとなった。 市場はこの決定を好感。国際的な指標であるWTI原油先物価格は9月末には1バレル=80ドルを割れていたが、10月10日には93ドル台まで上昇した。
「日量200万バレル」は世界の需要の2%に相当する量だ。ただ、産油国の中には設備投資の不足を理由とした生産能力低迷によって、8月時点の生産割り当てを十分に達成できていなかった国も多い。そのため、実際の減産量は200万バレルを大きく下回ると見られており、需給への短期的な影響は限定的なものにとどまると見られているのも確かだ。 だが、OPECプラスがこれ以上の原油価格の下落をよしとせず、「断固たる行動」に打って出る姿勢を明確に示したことは、やはり無視できない相場の下支え要因となりそうだ。
とくにサウジアラビアは夏にアメリカのジョー・バイデン大統領の訪問を受けたのは記憶に新しい。大統領から増産を直談判されてもそれに十分に応じず、今回もアメリカが不快感を示す中でもロシアとの連携を確認、大幅な減産に踏み切ったわけだ。これ以上の価格下落を阻止するという、産油国の強力なメッセージは投資家に安心感を与え、市場に継続的な投機買いを呼び込みやすくするのではないか。 筆者は『原油1バレル=再び100ドル超』の懸念は消えない」(9月1日配信)で、年末にかけて原油価格が再び1バレル=100ドルの大台を回復するとの強気の見通しを示したが、その可能性は今回のOPECプラスの決定によって、一段と高まったと見る。
確かに、足元ではインフレ抑制のため、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)をはじめ、主要国の中央銀行は積極的な利上げを進めている。それによって世界的なリセッション(景気後退)に陥るとの懸念が高まる中、石油需要の減少観測が依然として大きな重石となっていることは確かだ。 だが、生活必需品でもあるエネルギーに対する需要は、人々が普通の経済活動を行っている限りは極端に減少することはない。これからの季節は本格的な冬を前に暖房需要が徐々に伸びてくる。こればかりはいくら景気が悪くなっても需要が落ち込むことはない。記録的な暖冬が続くことでもないかぎりは需要も例年通りに増加、それにつれて需給も引き締まってくるだろう。
■アメリカの戦略備蓄放出終了、不測の事態で相場急伸も
一方、供給面では、前述のOPECプラスの減産に加え、10月末でアメリカの戦略備蓄原油の放出が終了することも大きな下支え要因となりそうだ。現在、バイデン政権は日量100万バレルという、過去に例のないペースで戦略備蓄の放出を続けてきた。 これを受けてアメリカ国内の需給は大幅に緩和され、石油在庫も積み増し傾向が続いている。価格が一時期よりも落ち着いてきたことで、一部の民主党議員などからは「備蓄放出を延長するべきだ」との声も出てきている。だが、すでに1980年代以来の低水準にまで落ち込んでいる戦略備蓄の放出をこれ以上続けることは、エネルギー安全保障上の観点からも大きな問題があるとの反対意見も強い。
しかも、11月8日に中間選挙が終わってしまえば、ガソリン価格引き下げに向けた取り組みを国民にアピールする必要がなくなるため、恐らくは予定通り終了するはずだ。つまり11月1日からは、「OPECプラスの200万バレル」+「戦略備蓄の放出終了による100万バレル」=「日量300万バレル」もの供給が市場から消え去ることになるわけだ。 一方では暖房需要の増加があるわけだから、年末に向けて需給が一段と引き締まることは避けられない。在庫も再び取り崩し傾向が強まりそうだ。こうした需給の逼迫を市場が正当に織り込むなら、やはり100ドルの大台を超えるまで相場が上昇すると見るのが自然ではないか
さらにロシアを巡る供給不安にも、引き続き注意が必要だ。ウラジーミル・プーチン大統領はウクライナ東部4州の併合を一方的に宣言したが、ウクライナの反撃でロシアの苦戦が伝えられる中、欧米はロシアへのさらなる制裁を進めている。とくに欧州がどこまで真剣に制裁を実行するのかにもよるが、ロシア産石油への価格上限設定などで、この先ロシアの石油輸出が一段と減少する可能性は高そうだ。 もちろん、ロシア側がこれに対抗し、欧州向けの石油輸出を停止してしまうことも十分にありうる。また、カザフスタンからロシア経由で黒海に続いている「CPC(カスピ海パイプラインコンソーシアム)パイプライン」を、ロシア領内で止めてしまうリスクにも十分な注意が必要だ。
このほかにも、サウジアラビアやUAE(アラブ首長国連邦)と、イエメンのイスラム武装勢力であるフーシとの対立が続いていることや、アフリカや中東の産油国の情勢不安も忘れるべきではない。すなわち、サウジ・UAEの油田へのドローンによるミサイル攻撃が行われる可能性は依然として高いし、産油国でも反政府勢力の活動が活発になり、油田などの石油施設が再び攻撃を受けることも十分にありうるからだ。 産油国に増産余力があまり残っておらず、アメリカの戦略備蓄もこれ以上の放出が難しい中で、もし石油生産が大幅に停止してしまうような事件が起きれば、だれもその穴埋めをできない。市場の流動性が低下し、変動率が高まっている今の相場環境でそうした懸念が浮上すれば、1バレル=147ドルの史上最高値を一気に超えてしまうような急騰が見られることがあっても、何ら不思議ではないと筆者は予想している。
(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)
松本英毅/ 東洋経済オンライン/ 2022年10月18 日