スリランカ危機が示唆するアジア経済のリスク

スリランカは経常赤字の拡大とインフレの加速が急速に進み、深刻な経済危機に直面している。アジア主要国が同様の危機に陥る可能性は低いが、輸入インフレがもたらすリスクには注意が必要である。

■輸入インフレの加速がスリランカ経済を直撃

スリランカで深刻な経済危機が生じている。外貨不足により資源や食糧などの輸入が困難となったことが背景にある。ガソリンスタンドでは長蛇の列ができ、休業に追い込まれる飲食店が増えている。2月下旬からは計画停電が始まったことによる活動制約も加わり、外貨不足による悪影響は経済全般に及んでいる。政府に対する抗議活動が拡大するなど社会の不安定化も加速した。4月12日、政府は生活必需品の輸入支払いに外貨を優先的に使用するため、対外債務への支払いを一時停止すると発表した。今後、IMF支援による計画に沿って債務再編を目指すとしているが、デフォルトは避けられないとみられる。

スリランカは、以前から多額の債務を抱えている点で経済構造が脆弱であり、いつ危機に直面してもおかしくないと指摘されてきた。スリランカは2000年代以降、自国での資金調達が難しいことから対外借入を拡大することでインフラ投資を実施し、高成長を目指した。しかし、2017年には融資の返済に行き詰まったことから、中国企業にハンバントタ港の運営権を99年間引き渡さざるを得なくなるなど、いわゆる「債務のわな」に陥った。さらに、近年も、同時爆破テロの発生や新型コロナ感染拡大によって主要産業の観光業が低迷し、外貨の獲得が困難となった。昨年12月には、外貨の不足を理由に、スリランカの特産品である紅茶と引き換えに石油を購入する取引がイラン政府との間で合意に至った。

このような厳しい経済環境に、ウクライナ問題に端を発する輸入価格上昇が加わり、経済危機が発生した。輸入価格の上昇で、経常赤字が拡大したほか、インフレが加速し、経済が壊滅的な打撃を受けた。経常赤字は外貨による債務の支払いだけでなく、輸入の支払いも困難にした。インフレ率は、2月に前年同月比+17.5%まで上昇し、国内経済の混乱に拍車をかけた。4月8日、インフレ対応と通貨防衛を目的に、スリランカ中央銀行が政策金利を7%ポイント引き上げたことで、先行き経済への下押し圧力が一段と高まる見込みである。

スリランカの通貨ルピーは、為替介入により小幅な下落にとどまっていたが、3月以降は急落している。これには外貨準備が2019年末に比べて▲67%減少したことで介入余力がほとんどなくなってしまったことが大きい。これに加えて、スリランカがIMFに支援を求めるにあたって為替管理の柔軟性を示す必要があったことも要因とされる。

■他国も輸入インフレには警戒が必要

スリランカの名目GDPは世界全体のわずか0.1%に過ぎず、同国の経済危機が他国に及ぼす影響は限定的である。また、スリランカは対外純資産残高の負債超過額(GDP比)が極端に大きく、中国、インド、東南アジア諸国など規模の大きいアジアの主要国で同様の危機が起きる可能性は低い。

しかし、米国が金融政策の正常化を進めていることから、投資資金の米国への還流による金融リスクが高まっている。スリランカは、極端ではあるが、最近の金融環境の変化が経済に大きな打撃を与える得ることを示した事例でもある。特に、今回の危機の引き金となったエネルギーや食料品などの価格高騰は、程度の差はあれ、経常赤字拡大とインフレ加速を招くことで一部の国の経済リスクを高めている。

実際、IMFが4月19日に発表した本年の経済見通しによると、資源輸出国であるインドネシアやマレーシアが経常黒字となる一方、資源輸入国であるインドやフィリピンは経常赤字に陥る見込みである。経常赤字は通貨の下落圧力を高め、対外債務の支払い負担を増やす。とりわけ、インドとフィリピンは金融面の不安定化に注意する必要があろう。

また、最近では多くの国でインフレ率が急速に上昇しており、インド、タイ、韓国で中銀の定める目標値を上回った。インフレの放置は、国内経済の混乱やスリランカのような社会の不安定化につながる恐れがある。新型コロナ禍を背景に、アジア全域で医療費や景気対策費が嵩み、財政赤字が拡大しているため、補助金などによるインフレ対策も難しい。今後、利上げによる金融引き締めがインフレ対応の中心となると予想される。インフレの加速ペースによっては、急速な利上げに踏み込まざるを得ない国も現れ、予想以上に景気下押し圧力が強まる恐れがある。

出典:日本総研

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