電力・ガス料金支援策と大型経済対策の問題:繰り返される数字ありきの経済対策、英国同様に円安加速のリスクも

政府による経済対策の策定が大詰めを迎えている。政府は10月28日に閣議決定を行い、裏付けとなる2022年度第2次補正予算案を、11月後半に臨時国会に提出する見通しだ。 経済対策の目玉となるのが、電気料金値上げによる家計の負担を軽減する措置である。その具体的な枠組みは未だ確定していないが、負担軽減分を目で確認できるようにと、家計が手にする電力料金の明細書「燃料費調整額」の欄に、値下げ分を表示する形が有力視されている。政府はその値下げ分に相当する補助金を、電力会社に支給する。 電力小売りは全面自由化されたが、現在でも家計の多くは経産省が認可する「規制料金」の料金プランで契約している。この規制料金では、輸入燃料費の変動に合わせて電力会社が電気料金を調整する、燃料費調整制度が適用されている。輸入燃料費の変化を家計の負担に転嫁することで、電力会社の収益を安定させる仕組みだ。 しかし輸入燃料費増加分の転嫁は、電力会社が経産省に申請して認可を得た電力料金の1.5倍が、その上限と定められている。現在、電力大手10社すべてで、家計向け電気料金はこの上限に達している。そのため、当面のところは電気料金の引き上げは抑制される一方、電力会社の収益は圧迫される。 ただし、来春には電力各社が経産省に値上げを申請する可能性が高く、それが認められれば、2割から3割の電気料金の引き上げとなる見込みだ(コラム「政府の電気料金値上げ支援策にはガソリン補助金と同様の問題点」、2022年10月17日)。

3割のケースで電気料金支援額は2.6兆円、ガス料金も含め3.7兆円(GDPを0.17%押し上げ)

西村経済産業相は21日の閣議後の記者会見で、家計の電気料金が来春に「2~3割の値上げが予想される」と述べ、2023年1月にも講じる支援策で、その負担増を抑える考えを示した。他方、与党は支援額について「来年度初頭にも想定される平均的な負担増に対応する」と合意している。 そこで来年1月から、政府が電力会社への補助金を通じて家計の電気料金を3割押し下げ、それを1年間続けるケースを想定しよう。家計が支払う電気料金は、この政策がない場合と比べて平均で4万4,785円下がる計算となる。これは全世帯で年間2兆6,077億円となる。これが財政支出の増加額となる。

さらに、家計の負担が高まっているガス料金についても、電気料金と同様な制度の下で、家計の負担を軽減する措置が検討されている。そこでガス料金についても、政府がガス会社への補助金を通じて家計のガス料金を3割押し下げ、それを1年間続けるケースを想定すると、家計が支払うガス料金は、この政策がない場合と比べて平均で1万9,281円下がる計算となる。これは全世帯で年間1兆1,227億円となる。電気とガスを合計すると、政府の支援策の総額は1年間で3兆7,304億円となる。 ちなみに、こうした施策が実施されると、実施されない場合と比べて家計の所得は増加し、それが消費刺激効果を生むことが期待される。過去の定額給付金の経験では、一時的な所得増加は貯蓄に回る比率が高く、消費に回るのは所得増加分の4分の1程度であった。これを踏まえてGDP押し上げ効果を計算すると、家計の電気料金支援(3割ケース)で6,519億円、ガス料金支援も含めると9,326億円となる。年間GDPの押し上げ効果は0.17%である。

企業の電気料金支援も含め財政支出の合計は11.6兆円、GDP押し上げ効果は0.54%

他方で政府は、家計だけでなく企業の電気料金の負担も軽減する考えである。これについても詳細は未だ明らかでないが、企業も同様な形で支援の対象となれば、かなりの財政負担となる。電力販売のうち家計向けは3分の1で、残りは企業向けと考えられるためである。 そこで、仮に企業の電気料金についても3割の支援を行う場合、政府の財政支出は7.8兆円に及ぶ計算となる。家計の電気・ガス支援策と合計すると、財政支出は11.6兆円に達する。他方、GDP押し上げ効果は企業、家計の合計で2.9兆円、年間GDPの押し上げ効果は0.54%となる。 また今回の経済対策で、政府は年初から実施している、家計及び事業者向けガソリン補助金制度(灯油、軽油なども含む)の延長を決める考えである。年末までの年間の予算額は約3.2兆円である。原油価格が現在の水準のままだとすると、月約3千億円の支出が来年以降も必要となり、それが1年続けば財政支出の規模は3.6兆円程度となる。 このガソリン補助金制度も加えると、今回の物価高対策の規模は全体で15.2兆円に及ぶ。その名目GDPの押し上げ効果は3.8兆円、年間名目GDPの0.70%となる。

経済対策は国費で20兆円規模か

政府は、総合経済対策に国費20兆円程度を投じる方向で調整を始めた、と報じられている。総合経済対策は、1)物価高騰対策・賃上げ、2)円安を生かした経済構造の強化、3)「新しい資本主義」の加速、4)国民の安全・安心の確保、の4本柱となる。 そのうち目玉となるのが既にみた電気、ガス料金値上げへの対策、ガソリン補助金制度の延長である。それ以外に、人への投資の支援、労働市場の流動化策、脱炭素、デジタル関連への投資促進策なども盛り込まれる見通しだ。ただし財源の大半は、歳出削減や増税ではなく、赤字国債の発行で賄われる。 昨年11月に決定された前回の大型経済対策を例に、今回の総合経済対策の概要を推測してみよう。前回は国費43.7兆円、地方政府支出6.0兆円、財政投融資6.0兆円(3者の合計が財政支出となり総額55.7兆円)、事業規模78.9兆円であった。

現時点での概算で経済対策はGDPを1.26%押し上げる効果

このうち直接的に経済効果を発揮する部分、いわゆる「真水」は、国費と地方政府支出の合計の49.7兆円である。この「真水」のうち、国費の比率は87.9%だ。この比率を今回の経済対策に当てはめると、国費が20兆円とすれば、「真水」は22.8兆円、事業規模は36.1兆円の大型な経済対策となる。 「真水」22.8兆円のうち、物価高対策の規模は、既に試算した15.2兆円になるとしよう。残り7.6兆円のうち、2兆円程度が投資、残りが非投資支出とし、それぞれGDPを押し上げる効果(乗数効果)を0.8、0.25とする。その場合、景気押し上げ効果は投資項目が1.6兆円、非投資項目が1.4兆円となる。これと上記の物価高対策を合計すれば、経済対策全体のGDP押し上げ効果は6.8兆円となり、1年間の名目GDPを1.26%押し上げる計算となる。

繰り返される「数字ありき」の経済対策

内閣府は、2022年4-6月期の需給ギャップを名目GDP比-2.7%と試算している。これはGDPの水準でみれば、-14.8兆円である。これを踏まえて、最低でも15兆円規模、あるいは前回の経済対策の規模が当時の需給ギャップの規模を下回っていたから、その穴埋めも含めて20兆円程度、というのが国費20兆円規模の経済対策の根拠の一つとなっていよう。 しかし、需給ギャップの正確な推計は難しく、日本銀行は同期の需給ギャップを名目GDP比-0.7%、-3.8兆円と推計している。こうした点から、需給ギャップの規模を根拠に経済対策の規模を決めるのは大いに問題である(コラム「需給ギャップを根拠に経済対策の規模を議論するのは誤り」、2022年10月7日)。 そもそも、日本経済は現在、他の主要国と比べて安定している。年内はプラスの成長が続く見通しであり、昨年までのように感染リスクが高まると四半期ではマイナス成長に陥ることを繰り返していたのとは大きく異なる。新型コロナウイルス問題を乗り越え、経済は安定を取り戻しているのである。こうした局面では、大型経済対策で景気を刺激する必要はない。 さらに英国金融市場の混乱が世界の教訓となったように、物価高で長期金利に上昇圧力がかかる中で、国債発行で賄う大型な経済対策を実施しようとすれば、金融市場の混乱を招くリスクがある。 日本では、英国のように長期金利は急騰しないだろうが、一定程度上昇圧力が高まる可能性が考えられる。その場合、日本銀行は目標レンジを超えて10年国債の金利が上昇するのを避けるために、国債買い入れを加速させ、それが国債市場の流動性低下から動揺を招く可能性がある。 また財政環境の一段の悪化は、通貨の信認低下を通じて円安を加速させる可能性がある。こうしたリスクに配慮すれば、大規模経済対策は必要でないばかりか、現状では控えるべきものである。

物価高対策はセーフティネット強化策とするべき

現在の物価高は家計、企業の逆風となっていることは確かであるが、それよりも新型コロナウイルス問題を乗り越えつつある力の方が勝り、経済は安定的に成長しているのである。こうした局面で、仮に物価高対策を実施するのであれば、景気刺激を狙う経済対策ではなく、物価高で特に打撃を受けている低所得者層の家計や零細企業などを支援する、セーフティネット強化策であるべきだ。 しかし、ガソリン補助金制度、そして今回導入される電気・ガスの支援策も、家計の所得水準や企業の経営環境に関わらず、一律での支援を行う仕組みとなるだろう。これでは、電気・ガス料金の値上げによってほぼ打撃を受けない高額所得者や経営環境が良い企業も、政府の支援を受けることになってしまう。そしてその財源は、すべての国民の負担となる国債発行である。 物価高対策はもっとピンポイントで一部の弱者を支援する仕組みとするべきだ(コラム「政府の電気料金値上げ支援策にはガソリン補助金と同様の問題点」、2022年10月17日)。

以上

 出典:木内登英 / 野村総合研究所 / 2022年10月24日

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