「ゾンビ企業はどれほどあるのか――」
政府や自治体、金融機関の強力な資金繰り支援で2021年の企業倒産は6,030社(前年比22.4%減)と57年ぶりの低水準を記録した。
コロナ禍の2020年は激変した外部環境を前に「あきらめ廃業」が相次ぎ、休廃業・解散は過去最多の4万9,698社を記録した。だが、コロナ関連支援で「事業継続」の判断を先送りした経営者は多く、2021年は4万4,377社(前年比10.7%減)に減少した。
東京商工リサーチ(TSR)には、政党や官庁、金融機関、マスコミなどから「どれだけの企業が支援で救われたか」と支援策の効果についての問い合わせが増えている。歯に衣着せぬ質問者は、冒頭のように手厳しい聞き方だ。
こうした「ゾンビ企業」を推測する議論はいくつもある。今回、TSR市場調査部分析チームと情報本部は、保有する企業データや定期的に実施しているアンケート調査などを基に検証した。
常套句の「30万社」
企業のゾンビ化はコロナ禍の資金繰り支援だけが招いたわけではない。未曽有の世界同時不況と騒がれたリーマン・ショック。日本も不況に飲み込まれ、2009年12月に中小企業金融円滑化法(以下、金融円滑化法)が施行された。金融機関に中小企業からの条件変更の要請に原則応じるよう求めるものだが、それにとどまらず金融機関は期限利益の喪失に基づく事前の債権回収、担保権行使も事実上、封じられた。
条件変更の実施状況の報告を義務化した同法は、2013年3月の終了までに申込437万件に対し、414万件が実行された。これは、貸付債権ベースで社数ではない。そこでTSRではいち早く様々なデータと取材を基に、金融円滑化法を活用した企業数は約30万社と発表した。当時、国会でもこの数字を基に質疑が展開された。金融円滑化法終了の前年、活用した企業も念頭に出口戦略として「政策パッケージ」が用意された。ただ、金融機関によるコンサル機能の発揮や中小企業再生支援協議会(支援協)との連携強化は、そもそも信用保証などで金融機関のリスクがヘッジされている貸付(与信)先や支援協へ自ら足を運ばない企業へのリーチ力が弱く、野ざらしとなるケースも続発した。それから約10年。こうした企業への抜本的対応が出来ぬまま、コロナ禍に見舞われた。
抜本再生「20万社」、返済懸念「47万社」
コロナ禍の強力な資金繰り支援によって企業倒産、休廃業・解散は減少した。だが、TSRが2021年12月に実施した企業アンケートによると、支援協や事業再生ADR、民事再生法などの活用について、検討の可能性が「ある」と回答した中小企業は5.7%だった。抜本再生の必要性に言及する会社は20社に1社の割合で存在することを意味する。また、借入金の返済について、「懸念がある」と回答した企業は13.1%だった。
全国の約358万社の中小企業(経済センサス)を基にすると、単純計算で「抜本再生」を認識する企業は約20万社、返済懸念を抱える企業は約47万社だ。両者を足して2で割ると、33.5万社となる。金融円滑化法を活用したとされる企業数に近い数値だ。
ただ、これを「ゾンビ企業数」と言っていいのか。金融円滑化法はあくまで支払いが猶予されただけで、企業アンケートの結果は「抜本再生」を指向し、返済についても履行に向けた努力を続ける企業が多く含まれる。もう少し、精緻な数値に基づいた分析が必要だ。
「ゾンビ企業」は23万社か、1.5万社か
国際決済銀行(BIS)は、設立10年超で3年以上にわたってインタレスト・カバレッジ・レシオ(利払いに対する営業利益+受取利息・配当金の比率)が1を下回る企業を、「ゾンビ企業」と定義している。
TSRが保有する財務データによると、リーマン・ショック後の2010年度~2012年度の中小企業の「ゾンビ企業率」は3年連続で10%を超えた。以降は下降線をたどり、2019年以降は6%台に落ち着いた。これを基にすると、ゾンビ企業数は23万社程度となる。
ただ、企業はどれだけ黒字を出していてもキャッシュがなければ倒産する。いわゆる「黒字倒産」だ。また、キャッシュ創出力が見劣りすると将来への投資もできず、いずれ事業価値は毀損する。このため、「国際決済銀行基準」のゾンビ企業の分子を「営業利益+受取利息・配当金」ではなく、営業キャッシュフローに変えて再計算した。すると、リーマン・ショック後は概ね3%台後半で推移したが、その後は低下。2014年度に3%を割り込み、2021年度は決算未確定の企業もあるため参考数値だが、2.1%となった。
「国際決済銀行基準」によるゾンビ企業率と「キャッシュフロー基準」では大きな差が出たが、後者では減価償却費や売掛金・買掛金の増減、棚卸資産の増減などが加味される。特に、減価償却費は借入金の返済を考える上で重要なため、「キャッシュフロー基準」の方が、より「ゾンビ企業率」の算定には有効だろう。
両基準とも損益計算書(P/L)を主な拠り所としており、企業状態の判定には資産と負債(B/S)を加味することも必要になる。特に、債務超過の場合、金融機関は行内格付けを厳格化せざるを得ない。
両基準でゾンビと判定された企業のうち、期末時点での債務超過を条件に加えると2021年度の「ゾンビ企業率」は、「国際決済銀行基準+債務超過」が2.0%、「キャッシュフロー基準+債務超過」が0.7%だ。
また、「国際決済銀行基準+債務超過」と「キャッシュフロー基準+債務超過」の両方に当てはまる企業の割合も算出した。2011年度に1.0%とピークを迎え、2021年度は0.4%だ。2021年度の「ゾンビ企業率」は過去最低ということになる。経済センサスを母数とすれば、0.4%は1.5万社程度だ。
注目すべきは、いずれの分析でもリーマン・ショックの影響を1年間丸々受けた2010年度の「ゾンビ企業率」は悪化し、その後、金融円滑化法の終了から1年が経過した2014年度に向け、数値が改善している。リーマン・ショックとその後の政策支援は、「ゾンビ企業率」に大きな影響を与えたことになる。
ただ、コロナショックではどうか。いずれの分析でも「ゾンビ企業率」は悪化しておらず、2021年度は参考数値ながら改善している。
リーマン・ショックは、景気悪化が財務内容にインパクトを与えた。その後、資金繰り緩和策が打たれ、コロナショックでは症状が出る前にそれ以上の緩和策が実行されたとみるべきだろう。特に、超低金利下で分母の「利払い」が大きく抑制された点は留意すべきだ。
なお、単純に利払いが営業利益を上回る中小企業(設立年問わず)は、1期16.3%、2期連続6.9%、3期連続11.5%だ。合計34.7%は125万社に相当する。金利が上昇局面を迎えた際、企業の「稼ぐ力」が回復していない場合、さらに多くの企業が苦境に陥ることになる。
ゾンビ企業が「過去最低」、その意味
コロナ禍でも「ゾンビ企業率」は過去最低の水準にある。倒産、休廃業・解散も抑制されている。この結果をどう受け止めるべきか。
前半で紹介した企業アンケートでは、「自社の債務に過剰感がある」とする企業に対し、今後の対応も尋ねた。政府はウィズコロナ、ポストコロナに向けた取り組みを推進するため「事業再構築」に注力している。だが、「事業再構築など新たな取り組みを実施する予定」と回答した中小企業は21.1%にとどまる。
一方、「経済が平時に戻るまで事業内容は大きく変えず、経営を継続する予定」は71.0%にのぼる。いつ過ぎ去るか分からない嵐を耐え忍ぶ中小企業が7割ある。
経済産業省や日本弁護士連合会、全国銀行協会は、コロナ後を見据え、抜本再生に取り組む企業向けの支援を拡充している。
経産省は昨年、「産業競争力強化法」を改正し、私的整理手続きの事業再生ADRの運用を円滑化した。ADR手続き実施者が法的整理へ移行後に監督委員として選任されることの予見性向上を盛り込んだ。日弁連は2013年12月に「中小企業金融円滑法」終了への対応で策定した特定調停スキームのコロナ禍での利用に積極的だ。全銀協は近く「事業再生ガイドライン」を公表する。債権者(金融機関)が債権放棄を含む再建案に反対する場合、その理由の説明を求める。事業再生の実務がより建設的になることが期待されている。
これまでの資金繰り支援で、事業再構築の必要性について中小企業の気づきを遠ざけたことも事実だろう。中小企業の間に広がった「危機意識の緩和」へ対応は急務だ。
「うちはゾンビ企業でない。抜本再生の必要はない」「ゾンビ企業と言うな」と考える経営者は多い。そうした経営者に伴走支援する金融機関、再生実務家はどう対応するのか。模索へのサポートが今こそ求められる。
(東京商工リサーチ発行「TSR情報全国版」2022年2月21日号掲載予定「WeeklyTopics」を再編集)
出典:東京商工リサーチ